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ノースショア・クリスチャンセンター

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聖書にでてくる人物

 

レッスン1

教師の参照箇所:創世記1章-3

コリント人への第一の手紙1545;創世記512

 

序説

この勉強をする最も重要な理由は、聖書の初めから終わりのページにかけて私たちの主イエス様を探し出すことです。 これらのページに隠された宝石のような真実が、神の御霊によってのみ明らかにされます。

 

この学びの聖書に基づく理由

イエス様は初めから存在していました。

 

ヨハネの黙示録11011  復活した主の声が叫んでいます!

「、、、わたしはアルパであり、オメガである。始まりであり、終わりである

 

ユダヤ人には、こう言われました。「イエスは彼らに言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。アブラハムの生れれる前からわたしは、いるのである。

―ヨハネの福音書858

 

コリント人への第一の手紙10113 これからそれぞれの人物に起きた前触れや模範を学んでいく中で、それらに対して無知でいるのではなく、私たちの主イエス・キリストとのより真剣な歩みへと導かれる事をこれらの箇所の中で警告し、語っています!

 

コリント人への第一の手紙1011  これは私たちの権限です。―「これらの事が彼らに起こったのは、他に対する警告(模範)としてであって、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいるわたしたちに対する訓戒のためである。」

 

この学びをする他の理由      

 

私たちの天のお父様を理解するためでもあります。これらの人物が不従順、従順、また弱く失敗する中で主がどのように話しかけ、また対応したのかが記されています。その中には主の声に耳を傾けて従った者もいれば、少しも心に留めず、耳を傾けなかった者もいました。

 

聖書を偉大ないのちの道のり、また偉大な奥義として見ていきましょう。この本の終わりには私たちが大きな役割を果たすのです!

 

主はこの世の全人類を彼の元に戻すために手を差し伸べる責任を私たちに与えましたが、私たちの名前はこの本(聖書)には書かれません。しかしこの他にも幾つかの本があります。小羊のいのちの書はその内の一冊で、そのページには私たちが主に対する愛のために行った事柄が記されます。それが良かれ、悪かれ、裁判の日にその本が開かれるのです!

 

最後に-大切な聖霊様が私たちに対する主の愛を理解させてくれ、また私たちもその愛を主の声に従う事によって返せますように。更に初めから終わりまでこの学びを進める中で主の裁き、あわれみ、悔い改め、また罪に対する怒りと憎悪を理解していきましょう。そしてますます主に近づく専念した信仰の歩きに心を励まされ、、聖書の終わりが近づくしるしがあちこちにあるように、神への畏れの内に御心を行いましょう。

 

人の創造

創世記126 「神はまた言われた、「われわれ(三位一体の神)のかたちに、われわれ

にかたどって人を造り、」

 

解説      1)今私たちはイエス様がこう言ったことが理解できます。「アブラハムが生れる前からわたしはいるのである。」

              2)何故アダムは「われわれのかたちに、(また)われわれにかたどって」造られたのでしょうか。これが天地の出発点となる神の偉大で奥義なる計画の始まりなのです。

              3)この人の創造が主の住まわれる宮となるのです!(動物や木など、他のどの被造物よりも価値のあり、人間だけが神のかたちに添って造られました。)

 

これらを取り上げた聖書の箇所

コリント人への第一の手紙619 「あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、、、」

 

コリント人への第二の手紙61618 「、、、わたしたちは、生ける神の宮である。神がこう仰せになっている。「わたしは彼らの間に住み、かつ出入りをするであろう。そして、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となるであろう。」」

 

ローマ人への手紙811 キリストの御霊の内在

 

コロサイ人への手紙12527 これが奥義なのです。「、、、あなたがたのうちにいますキリストであり、栄光の望みである。」

 

要約      1)学びの権限

              2)人の創造の原型

              3)人の創造の目的